自由の女神のモデルは4人いる!隠された謎についても解説

自由の女神のモデルは、

『民衆を導く自由の女神』のマリアンヌ

アラブ人女性

バルトルディの母親

バルトルディの妻

です。

この記事では、

・自由の女神のモデルについて

・自由の女神の隠された謎について

について解説しています。

この記事を読めば、自由の女神のモデルが誰だったのか、自由の女神に隠されている事とは何かが分かります。

興味のある方は、ご覧ください。

Sponsored Links

自由の女神のモデルについて

 

自由の女神をデザインした彫刻家のフレデリク・バルトルディ。

諸説がありますが、像の全体や顔や手などで4人のモデルがいると言われます。

そのモデルとなるのが下記の通りです。

部分 人物
像の全体 マリアンヌ
像の全体 アラブ人女性
バルトルディの母親
バルトルディの妻

 

『民衆を導く自由の女神』のマリアンヌが有力なモデル

ドラクロワの絵画『民衆を導く自由の女神』に描かれている「マリアンヌ」が像全体のモデルになっていて、最も有力な情報と言われています。

マリアンヌとは、フランスのシンボルとして硬貨や切手などに描かれ、フランス共和国を擬人化した国家を象徴する架空の女性です。

アラブ人女性モデルの像をもとに自由の女神をデザインした

バルトルディは、自由の女神が出来る17年前の1869年にエジプト政府からスエズ運河に建設する灯台の案を求められていました。

そのモデルとなったのがアラブ人女性になり、その原案にアラブ人農婦のデッサンがあったとい言われています。

この時デザインした像をもとに、自由の女神像が出来てきたのです。

顔はバルトルディの母親、手はバルトルディの妻がモデル

自由の女神の顔と手に、それぞれモデルになっている人物がいます。

それが顔は、バルトルディの母親、手はバルトルディの妻がモデルになったと言われています。

 

自由の女神の隠された謎ついて

 

自由の女神のモデルが4人いる事が分かりました。

自由の女神には、隠された謎がどんな事があるのかを解説してきます。

自由の女神が表している事は?

自由の女神には、色々な事の意味を表している事がたくさんあります。

それぞれの表している意味をまとめたが下記の表です。

右手のたいまつの炎 世界を照らす真実と正義のシンボルを表している。  
左手の銘板 アメリカ合衆国の独立記念日「1776年7月4日」とローマ数字で刻印されていて、アメリカ人が贈ったパリの自由の女神には、バスティーユ牢獄襲撃の「1789年7月14日」の日付も刻印されている。
王冠 王冠の7つの突起は、7つの大陸と7つの海に自由が広がるという意味を表し、7つの放射状の光は、世界中に覚醒と理性を行き渡せる太陽の輝きを表しています。
引きちぎられた右足の鎖 引きちぎられた鎖と足かせがあり、全ての弾圧、抑圧からの解放と、人類は皆自由で平等であることを象徴しています。
左足のつま先立ち つま先たちになっているのは、鎖を引きちぎって一歩踏み出し、前進しているとされるからである。

 

王冠の7つの大陸と海はどこ表しているのか?

上記で解説をした様に、自由の女神の王冠には7つの突起があります。

この突起は、7つの大陸と海を表しているのですがどこなのかをまとめたのが下記になります。

大陸 アジア ヨーロッパ アフリカ 北アメリカ 南アメリカ オセアニア 南極
北大西洋 南大西洋 北太平洋 南太平洋 インド洋 北極海 南極海

 

左手の銘板に刻印している”MDCCLXXVI”の意味

左手の銘板に刻印してある”MDCCLXXVI”という文字があります。

これは、アメリカ合衆国の独立記念日の「1776年」を意味しています。

なぜ、「1776年」となるのかと言うと、ローマ数字に変換するとわかってきます。

“MDCCLXXVI”を一文字ずつローマ数字に変換したのが下記の表です。

M D C C L X X V I
1000 500 100 100 50 10 10 5 1

この数字を全て足すと「1776」となり、アメリカ合衆国の独立記念日の「1776年」を意味することになるのです。

 

自由の女神は市民の寄付金によって出来た!

自由の女神の建設資金は、像の資金はフランス市民、台座の資金はアメリカの市民の寄付金によって集められました。

像の資金においては、フランス政府は関わっておらず、制作資金も出していないので、フランス市民の寄付によって集められた、40万ドルという資金で作られた贈り物になるのです。

像と台座の資金集めの方は、下記の表にまとめました。

像の資金 1878年の万国博覧会であるパリ万博に完成頭部を展示。
フランスの作曲家グノーが、「世界を照らす自由」という作品を書いてパリで上演し、資金集めに協力。
ラブライエが資金集めに国中を駆け回り、全国的な募金キャンペーン。
バルトルディが自己資金2万ドルとミニチュアの自由の女神像を二千体製作して売り上げを提供。
台座の資金 1881年に行われた最初のキャンペーン。
ジョーゼフ・ピューリツァーが資金集めのキャンペーン。

「エッフェル塔」の製作のヒントは自由の女神の骨組み!?

自由の女神像に使われている銅の総重量は約28トンで高さ4mの巨大な女神です。

どうすれば倒れないように張り合わせていく事が出来るかが大きな課題になります。

そこでバルトルディは、設計技師のギュスターヴ・エッフェルにアドバイスを求め、女神像を支える骨組み作りを引き受けることになりました。

その方法は、女神像の真ん中に、中心となる鉄塔を立て、そこに薄い銅板を”吊るしてゆく”ような手法で建造する計画。

それぞれの銅板は”ズボンのベルト通し”のような形で骨組みに吊るされ、熱による膨張・収縮が起こった時に自由に”ゆがむ”ことが出来る構造になっています。

この方法であれば、風や地震で像が揺れても、衝撃を吸収してくれます。

これにより、現在も観光者達が自由の女神に登ることが出来るのです。

この方法が、後のエッフェルの代表作「エッフェル塔」の製作のヒントをなり、全体が鉄骨でできた塔を建立てることが出来たと言われています。

日本にも自由の女神が存在するがなぜ!?

日本にも「自由の女神」が存在します。

それがお台場海浜公園にあり、観光スポットとして有名です。

ではなぜ、お台場海浜公園に「自由の女神」があるのか?

この自由の女神像は、「日本におけるフランス年」を記念し、1998年4月29日〜1999年5月9日の間に設置されたのが始まりになります。

その時の像は、1889年フランス・パリ市セーヌ川のシーニュ島に作られた本家「自由の女神像」がお台場海浜公園に設置されたのです。

この期間中に、多くの人々がお台場にも新たな像が欲しいっと言う声が強まった事が日本に置かれた理由になるのです。

そこで、完全復刻像製作案が立ち上がることになり、オリジナル像所有者であるパリ市に申請をしたのです。

日本におけるフランス年実行委員会、駐日フランス大使館の協力を得る事ができ、1999年3月にパリ市からの正式許可を受ける事ができ、レプリカの制作したのです。

2000年12月22日、フランスのクーベルタン鋳造所にて製作され運ばれたのが、現在お台場海浜公園にある「自由の女神」になります。

Sponsored Links